| Profil de 虎乃子猫恐怖と戦慄と純愛をBlogListes | Aide |
|
|
22 septembre 地の文と台詞の割合<研究方法>
「明らかに下手な文章」の小説と「明らかに下手ではない文章」の小説を、
mixiやネット上のアンケートや投票、感想等を考慮しつつ自らの独断と偏見でそれぞれ3冊ずつ選出した。
そしてそれぞれ中から無作為に5つの段落を選出し、その中の地の文と台詞の数を行単位で数え上げ、割合を調べた。
※小説は「三人称」で書かれているものを選んだ。地の文が第三者の視点によって書かれている小説である
※下記の上手ABC、下手BCは、以前までの研究のものと同一のものである。
<結果>
「明らかに下手でない文章」
「明らかに下手な文章」
<考察>
「明らかに下手ではない文章」の台詞の予想外の多さに驚嘆した。
上手Aのようにほとんど無いものもあったとはいえ。
しかし、真に重要なことは地の文と台詞の割合でないことが研究をしていく上でわかった。
「明らかに下手な文章」は、一つの台詞があったらすぐに一つの地の文が入ってくるのに対し、
「明らかに下手ではない文章」は、台詞だけで20行も30行も続いていることがわかった。
上記の発見はまた後の研究で正確に確かめていきたいと思う。
<参考文献>
その他多々に渡る小説。 11 septembre 文の種類 <研究方法>
「明らかに下手な文章」の小説と「明らかに下手ではない文章」の小説を、
mixiやネット上のアンケートや投票、感想等を考慮しつつ自らの独断と偏見でそれぞれ3冊ずつ選出した。
そしてそれぞれ中から台詞を除き無作為に、文を30個選び出し、それらの文の種類と数を調べた。
※ちなみに上記の文章は、2つの文でできている(すなわち句読点までで一つの文)。
文の種類は、私の独断と偏見で4つに分けた。
・登場人物の行動を記した文
・登場人物の心情を記した文
・情景、状態を記した文
・過去や未来、そこに至るまでの過程、背景等を記した文
また、上記の複数が複合している文は、そのうちで最も比率が高いものをその文の種類とした。
※小説は「三人称」で書かれているものを選んだ。地の文が第三者の視点によって書かれている小説である
※下記の上手ABC、下手ABCは、前回の研究のものと同一のものである。
<結果>
「明らかに下手でない文章」
「明らかに下手な文章」
<考察>
「明らかに下手な文章」は「明らかに下手ではない文章」に比べ、圧倒的に登場人物の行動を記した文が多いことがわかった。
また確実とは言えないが、小説を書くときには、登場人物の行動を記した文を書くことは心なし控え目にした方が良いと思われる。
<参考文献>
その他多々に渡る小説。 3 septembre 名詞、代名詞の数について<研究方法>
「明らかに下手な文章」の小説と「明らかに下手ではない文章」の小説を、
mixiやネット上のアンケートや投票、感想等を考慮しつつ自らの独断と偏見でそれぞれ3冊ずつ選出した。
そしてそれぞれ中から無作為に台詞を除いた200文字の文字列を5つ選び出し、名詞、代名詞の数の平均を調べた。
※ちなみに上記の文章は124文字である。
※小説は「三人称」で書かれているものを選んだ。地の文が第三者の視点によって書かれている小説である。
<結果>
「明らかに下手でない文章」
「明らかに下手な文章」
※不特定多数名詞とは、「大工達」等の単語を意味する。
※一人称、二人称(「私」、「あいつ」等)は、主に地の文の中にある登場人物達の気持ちや台詞等に出てくる。
<考察>
「明らかに下手でない文章」では三人称名詞が少ないと思われたが、上手Cのように多くても「明らかに下手ではない」場合も存在する。
「明らかに下手な文章」では名詞、代名詞が多くなる傾向にあるが、そこまで文章の上手い下手に影響を与えているものではないと思われる。
また、「明らかに下手な文章」では、地の文に登場人物の気持ちや台詞が書かれることが多いと感じられた。
等一人称ニ人称の名詞、代名詞が比較的多いのがそれを示している。 例(あいつにだけは絶対負けない、と勇基は思った)等
それが文章の上手い下手に関係あるかはまだ不明である。
<参考文献>
その他多々に渡る小説。 はじめに 文章の上手い下手は実に曖昧なものである、というのは重々承知である。
文章の上手い下手を定義することは不可能であり、何より人の好みに大きな影響を受けるからだ。
しかしそうであったとしても、私は言いたい、数ある文章の中には「明らかに下手な文章」なるものが確かに存在しているということを。
「明らかに下手な文章」というのは、その名の通り、読んでみただけで、「あ、この文章下手だ」と思えてしまう文章である。
皆さんの中にもそういう文章を見た経験がある人はいるのではないかと私は思う。
それは例えば小中高大の文学部の冊子の中で、ネット上で、友人の作品の中で、時折プロの文章の中で、そしてもちろん私自らの小説の中で。
物書きである私にとって上手い文章を書くことは限りなく一番大切なことに近い。
私はその方法の一端をこの「明らかに下手な文章」を研究することから得たいと思う。
願わくば、それが私以外の物書きの方々のためにもなることを、あつかましくも。
もちろん、上手い文章を書く事も学問同様王道はないとわかっているつもりだけれども。
|
|
|